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Ueno Group
上野電子株式会社
Ueno Electronics Corporation

会社沿革

1972年 3月10日:山梨県北杜市明野町小笠原3658番地で「上野製作所」を創業。クロスバー電話交換機の束線加工を主作業として開始。<パート女性2名>
1976年 電子機器の組立業務開始。(電卓・デジタル時計)
1977年 7月:山梨京西電機株式会社様と取引開始。NEC電子電話交換機のプリント基板の組立を行う。
11月:韮崎市水神に上野製作所韮崎工場を設立。
1981年 2月26日:上野電子株式会社を設立。資本金500万円。
3月1日:新工場を設立し創業開始。<社員数28名>
1982年 4月:山梨県商工労働部の「山梨県管理力指定工場」となる。
8月:東京エレクトロン株式会社韮崎製作所様と取引開始。
第2期決算「社員持ち株制度」を導入。資本金800万円に増資。<社員数37名>
1983年 3月:岩崎通信機株式会社様と取引開始。電子電話交換機、電話機のプリント基板の組立を開始。
4月:自動ハンダ付け装置、ワイヤーカッター、洗浄機等を設備導入し、プリント基板の一貫組立作業を開始。
1984年 中小企業庁の「研究企業モデル指定工場」となる。
東京エレクトロン株式会社様、光洋電子工業株式会社様と取引開始。PCプログラマー、近接SW等の制御機器関連の組立を行う。
1985年 11月:関連会社の有限会社コスモ電子を設立。資本金200万円。
プリント基板、組立加工の事業拡大。
1986年 事業拡張計画により、本社工場の拡幅増築工事に着手。
8月:1F200坪、2F100坪の本社工場完成。ロゴマークを制定。<社員数78名>
1987年 4月:山梨県商工労働部より、2回目の中小企業庁「研究企業モデル指定工場」の指定を受け、 T.Q.C活動を導入し変革体制を始める。「人づくり3ヶ年計画」を策定し、企業能力開発研修を開始。
1988年 6月:プリント基板の構成内容がチップ部品になり、チップ対応噴流ハンダ付け装置を導入、チップ基板の組立を行う。<社員数110名>
1989年 東京エレクトロン株式会社様と半導体製造装置(プローバー関係)の組立業務開始。
4月:株式会社三工社様と取引開始。ガス検知器、JR関連の機器の製造を行う。
6月:社内に山梨県認定の職業訓練校として「上野ビジネススクール」を開校し、社員教育4ヵ年計画を策定。
9月:双葉工場を設立し、株式会社三工社様の仕事を主製造として開始。
1990年 8月:株式会社日本エル・シー・エー様とコンサルティング契約を結び、当社とコスモ株式会社の中期5ヵ年計画策定し、経営戦略を強化。
1991年 5月:上野電子株式会社を資本金1,000万円に増資。関連会社の有限会社コスモ電子を「コスモ株式会社」に組織変更し、資本金1,000万円に増資。
社員持ち株制度を導入。<社員数122名>
8月:セイヨー電子株式会社様と取引開始。セガのゲーム機の基板等組立を行う。
1992年 2月:明野工場新設(工場100坪、倉庫46坪)。
山梨電子工業株式会社様と取引開始。松下電送株式会社様のファクシミリ用トナーカートリッジ製造を開始、認定工場となる。
コスモ株式会社が、松下電送、松下電器産業の販売代理店を山梨ナショナル特機株式会社様と契約を結ぶ。
7月:中央電子株式会社様と取引開始。
1993年 11月:中央電子株式会社明野事業所様と請負業務にて取引開始。<社員数150名>
1996年 6月:ノーブル無線株式会社様と取引開始。携帯電話基地局関係の同軸ケーブルや、方向性結合器の組立業務開始。
1998年 10月:自社開発製品の携帯電話迷惑防止装置『SILENT』が完成し、販売開始。
1999年 潤工社株式会社様と取引開始。同軸ケーブル、光ファイバー、銅パイプケーブル等の端末処理業務開始。
ベルボン精機株式会社様と取引開始。カメラ用三脚組立と検査を行う。
2000年 開発電子技術株式会社様と取引開始。携帯電話基地局の調整・保守業務開始。
通信用フィルターの組立業務開始。
2001年 NECモバイリング株式会社様と取引開始。携帯電話機の検査業務を行う。
2002年 4月:東京エレクトロンAT株式会社様と、液晶装置製造部への人材派遣で取引開始。
7月:通信ネットワーク関連業務拡大のためインフラ部を新設。
2006年 10月:KDDI株式会社様と取引開始。
2007年 9月:電気通信事業工事強化のため山梨県建設業許可、県知事認可を取得。電気通信工事業・土木工事業等行う。
  • Last Modified: 2017年4月10日 00:11

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